家族の未来

大切なものが欠けてきている


今、「人が人の命を奪う」という事件が頻発していることに胸を痛めています。ましてや、大人が子供の幼い命を奪うということは、決して許してはならない事です。いのちを育み、守るべき立場のものが、加害者になる・・・この現象は、何なのでしょう。

私が思うことは、生命の継承の場である家族のあり方が希薄になってきているのではないかということです。

人が生まれ、老い、この世を去るという、自然の生命の営みが家庭の中から外に持ち出されて、命の尊さ、奇跡、その重さを直に見、感じる事が出来にくい社会になっているように思います。

『生命を育む』ということは、家庭や地域などを通じ、世代を超えて伝承的に伝えられてきた大切なものだったはずです。若い女性が子供達を育てていくのに苦労されているのも、そういった『蓄積されてきた大切なものが何か欠けてきているのでは・・・?』と感じます。

今の社会のシステムにおいても、子供の頃から『個』として捉えられる社会になりつつあることも、大きな問題なのかもしれませんね。


生命を育む大切さを見直せる社会


社会が子供達を家族や社会との繋がりを持つ『人』という捉え方ではなく、『個人』として捉えてしまう・・・。『親と子の絆』『友人や先輩、後輩との繋がり』といった、人として大切にしなければならない『愛情』『連帯感』が満たされずに、犯罪や事件に結びついてしまっているのではないでしょうか。

子育て支援の為の施策も、母親にとって『子供にしっかりとした愛情を注げる環境を整える為』のものであって、単に『仕事や社会に取り残されない為』のシステムという捉え方ではなく、『大切な人のいのちと心を育む』、そのための環境を整え支援するシステムとして成長させる必要があると思います。大切なのは中心となる理念です。

0歳から3歳までは母と子にとって、とても大切な期間だということは分かっているのに、0歳児保育などで生まれたときから、親から離れて育っていくというのは良いことなのでしょうか。子供たちにとって一番頼りにしたい両親が生まれたときからそばにいないというのは、本当に辛いことだし、両親とのふれあいや愛情が感じにくい状態で育った子供たちが増えてくる社会自体は、とても心配ですね。

男女共同参画社会を、『人の成長』という立場から考え、誤った解釈や、間違った方向性に行かない為の努力が必要かと思います。

家庭の中で男性は父親として、女性は母親として、やらなければならないことをしっかりとできるような社会づくり、生まれてから死ぬまで個人が個人として生きていく社会ではなく、家族という繋がりのある単位から、生命を育むことの大切さを見直すことのできる社会づくりが必要だと思います。